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2006年9月号 財界にいがた “新潟「き」業人”

全員参加型経営を実践

財界にいがた 「会社とは経営者のものではなく、株主のもの」
 こう語るのは、水処理用タンク、エア・キャリー(ガソリンスタンドが使う空気充填装置)、半導体製造装置輸送用の振動吸収パレットなどの開発、販売を行うエム・ワイ・エンジニアリングの創業者で同社相談役兼社長の吉田實氏。
 この言葉どおり、吉田氏は自らの保有株を勤続年数3年以上の従素員に順次譲渡してきた。その結果、吉田氏の保有比率(資本金1000万円)は28%に過ぎず、残りは従業員が保有する。今では、従業員8人全員が株主である。
 それだけではない。1985年の創業以来、利益を出し続けており、従業員は“所有者”として毎年配当を受け取っている。
 同社では利益から3分の1ずつ開発資金、内部留保、配当に充当。前期(平成17年9月期)は売上高3倍7000万円、当期利益は1000万円強で、配当総額は350万円だった。単純計算すると一人当たりの配当額は数十万円、利回り35%となる。これを給与や賞与とは別に受け取っているのだ。
 さらに内部留保金も毎年増え、前期で1億3000万円を超えた。譲渡制限があるにせよ、従業員の保有株式の時価は年々高まっている計算になる。
 竈の灰まで俺のもの―― 。こう豪語する創業社長は少なからずいる。そんな中、吉田氏が「会社は個人のものではない」と考えるようになったのは、自身の体験によるところが大きい。
 吉田氏は三条商工学校を卒業後、海軍の予科練に志願し、1943年に甲種飛行予科練に練習生として入隊した。「数日後に特攻隊員として出撃することになっていた」という中、九州国分の特攻基地で終戦を迎えた。終戦後、地元・三条市に戻ってきた吉田氏は、それまでの価値観を否定され、人生の目標や生きる意欲を失った。「世の中が嫌になって不良仲間とつるんで頻繁に喧嘩をしていました」
 そんな生活が1年ほど続いたある日、吉田氏の姿を見かねた父親が知り合いの企業に吉田氏の就職を頼み、そこに就職した。「住み込みで5、6年ほど働いたのですが、今思うと、我慢を覚えることができ、いい経験になった」
 その後、大手ポンプメーカーに転職し、海外市場の開拓などを担当した。だが倒産。このため、部下4人とエム・ワイ・エンジニアリングを創業した。創業後は、自社開発した特殊バルブを売り込もうと国内外を飛び歩いた。ほどなくして米国の大手バルブメーカー、キーストンが採用を決定。以降、同社のバルブは世界各国で使われるようになっていったという。「戦争の体験や株主を重視する米国の経営手法に接したことは、私の価値観に大きな影響を与えた。人も経営者も、みんなに支えられて生きているのです」